所信表明

2022年4月13日

私、とこうマリ子は2022年5月15日告示、5月22日投開票の石巻市議会選挙に出馬する予定で準備を進めています。
皆様のたくさんの応援をよろしくお願いいたします。

 私は小さな頃からおてんばで、好奇心旺盛な子どもでした。母方の祖母は宮床伊達家の血筋だったので、私が少し変わったことをすると「伊達の血を引いているね」と返って褒めてくれたものでした。私自身は神奈川・東京で生まれ育ちましたが、祖母は東北の遠い記憶を少しずつ話してくれていました。中央大学附属高校からエスカレーターで進学せずに筑波大学に進学したあたりから、私の伊達起源のフロンティアスピリット(開拓者精神)は発揮されていたのかもしれません。

 震災前、2007年から2008年にかけて牡鹿半島に偶然大学の研究で石巻に来て以来、この土地の美しい海と豊かな自然に魅了されてきました。2011年に東日本大震災が起きた時には、真っ先に研究でお世話になった方々の顔が浮かび「どんなことでもいいから石巻に来て何か役に立ちたい」と思い、4月にはボランティアとして石巻にやってきました。避難所になった湊小学校に半年間住み込み活動する間、地元の方々から「外からきた支援者はどうせすぐ帰っちゃうんでしょ」と言われ、「そんなことない!」と発奮して住民票を移すことにしました。

 

避難所が閉鎖となった後、湊の被災した障害福祉施設の再建のための仕事をしました。賃貸物件を借りて活動していた施設には公金による救済措置がなく、当時恵み野の仮設団地の集会所を間借りして活動していました。市内で物件を求めるのが難しい状況でしたが、新しく活動の場所を整備することができました。

 やがて文化的な活動を行うようになり「いしのまき演劇祭」の立ち上げを行ったり「石巻の文化施設について考えたり語ったりする会」という会を主催し、高橋英吉や毛利コレクションなど、石巻に元々ある素晴らしい文化を紹介して文化的コンテンツの普及に努めました。また、一昨年からは「サンファン号保存を求める世界ネットワーク」のアンバサダーとして活動し、サン・ファン・バウティスタ号の保存を求める署名活動などをしてきました。

 活動を重ねる中で石巻の方と結婚し、子どもを授かりました。よそものの私を親戚の方々にも温かく迎え入れていただき、地域の中で少しずつ根を張りながら生活しています。このことから、これからを生きる子どもたちが「ずっとここに住みたい」と感じられるまちづくりは私にとって切実な問題となりました。この街で教育を受け、郷土の歴史や文化を誇りに思い、心血を注ぐことのできる仕事に従事する。その延長上に安心して老いを迎えることができる。そのような石巻を現実のものとしていくために、邁進して参りたいと思います。

2022年4月12日 都甲 マリ子(とこうマリ子)

Posted by TokoMariko